2008年4月アーカイブ

またまたテレビで(>.<)y-~いいドキュメンタリーをやっていたので。。。
日米の元兵士たちがハワイで野球の試合をやりましたと言うお話だ。
当然どちらも元兵士は70後半~80才過ぎ
前半は日米のじいさん達が試合会場近くのパールハーバーの
戦争記念館を見るあたりは辛い気持ちで見ていた。
「戦争を始めた日本と戦争を終わらせアメリカ」とひとりの米じいさんが言っていたが日本人にとっては、
なんとも広島や長崎で終わらせられた感があるので複雑だが沈没した空母を前には何も言えないな〜
とまるで参加者みたいな気持ちで観ていた。
かつて国の為に殺し合った人々が複雑な気持ちを抱えながら
野球をやる意味をどんどん紐解いていく番組になっていた。
映画でもなくリアルな戦争体験を米側からも日側からも取材していてた。
偶然だかトラック島の生き残りの日本のじいさんと
島を全滅させた飛行機乗りの米国のじいさんがメンバーにいて、
日本側の元兵士は「食料を絶たれたから戦友達は栄養失調て最後は皆な死にました」と言ったら
米国側のじいさんは「空母に遠慮せず来てくれたら良かったのに」と笑いながら言った。
笑えない日本人のじいさん、残酷にもしっかり全部訳してしまう通訳、ここは声出して泣いた。
そして翌日、試合は12対2で日本が負けた。
試合終了し握手しあい抱き合った。
その時、空に虹がかかりバックミージュックにオーバザレインボーか流れた。
成り行きにしてはスゴくて 綺麗な時間か伝わってきた。
ラストは67年間 アメリカ嫌いを通した日本人のじいさんがすべてを許し許され、
そして、今度のことは戦死した友も きっとあの世で許してくれるはずだと言って番組は終わった。
タイトルは「元兵士の決着」だった。
クィーント・イーストウッドなら映画にするだろう。
でも私はこのままアメリカと日本の小学生に観て欲しい。
戦争は、まだまだ続いていたんだとリアルな声を聞いて欲しい。
いや毎回NHKには感心してしまう。私の社会科の先生だ!素晴らしいp(^-^)q
写真は試合後、握手をしている手のアップだ。
我ながら素晴らしくタイミングです(^-^)/
武器をバットに変えて(^-^)vピース

店の入り口で
来客があるとホーホケキョ♪とさえずる鶯は今年も また少し遅れて登場。
本当は梅の時期だから店番も終わりにしてあげなければと思っているが、
気のせいか彼が鳴くと繁盛する。
ホーホケキョ♪
本物そっくりに鳴くので入って来るお客さんの反応が面白い。
実はコレ 父の形見?なのだ。
父は否応なしに私に大きな影響を与えた人だった。
小学生の間は、必要のないようなことまでびっちり教え込まれた。
この時期ならどんな所に ツワやフキがあるかとか 筍の掘り出し方とか
なんと言っても一番強烈な思い出は闇夜(多分、小潮だと思う)の海に
小舟で行った「夜ぶり」真っ暗な海を岸沿いに火(カーバイドライト)を照らしながら
眠っている魚を銛で突くやり方を教えられた。
本物の闇だったから怖かった。
宇宙に父と私しかいないような静けさだった。
勿論、一度も役にたってない(+_+)
良くも悪くも父は私に人の三倍は思い出を残してくれた。
鳥が鳴くと今のがメジロ、おっ今のがウグイス!と名前を教えてくれた[:四葉:]
父のお気に入りだった本物そっくりにセンサーで鳴く鶯は
今日もいらっしゃい♪いらっしゃい♪と店先で歌ってます。
PS 「夜ぶり」とは九州地方では現在も使われている言葉で
調べてみたけれど変わる言葉は見つかりませんでした。。。











